最近、高校生になった息子を見ていて思うことがある。
言葉の選び方や反応の仕方に、以前より深みが出てきた気がする。
元々、息子は言葉のセンスがあった。
時々シュールなことを言ったり
大人が思いつかないような表現をしたり。
その片鱗は幼い頃からあったと思う。
でも最近は少し違う。
ただ面白いことを言うだけではなく
「自分の内側を言葉にする力」が育ってきたように感じる。
本人は「別に変わってない」と言う。
確かに本人からしたらそうなのかもしれない。
昔から考えていたことを、今は少し上手に
言葉にできるようになっただけなのかもしれない。
けれど親から見ると、その変化はとても興味深い。
「そもそも?」を問い続けていた小中学生時代
そういえば小中学生の頃、息子はよく根本的な質問をしてきた。
中学校に上がる前は「中学って行かなアカンの?」
中学に入ってからは「高校って行くべきなん?」
多くの人が当たり前だと思っていることに対して
「そもそもそれって本当に必要なん?」と今思えば問いを立てる子だった。
中学は「義務教育」といって親が子どもを学校に行かせる義務があること
高校は今後の生活の選択肢を増やす意味で行っておくほうが良いのではないか
ということを伝えたものだ。
みんながそうしているからでは納得できない。
自分で意味を理解したい。そんな気質が見えていた。
ところが最近、進路の話をしていて「大学(進学)どうするん?」と聞いたら、
「するんちゃう〜」
と、いともあっさり返ってきた。
思わず笑ってしまった。あれだけ学校制度そのものに疑問を持っていた人が
今は大学進学をわりと自然な流れとして捉えている。
もちろん考えることをやめたわけではないだろう。
ただ、自分なりに経験を積み重ねる中で見える景色が変わったのだと思う。
そして何より、肩の力が抜けたように見える。それもまた成長なのかもしれない。
子どもの成長は、自分の人生の追体験
私は2024年の3月末に会社員を辞め、息子の中学生時代から今までを比較的近い距離で見てきた。
だからこそ見える変化がある。
子どもの成長を見ていると、自分自身の人生を追体験することになる。
私自身、高校時代に2度の転校を経験した。
最初は不可抗力ながらもすんなり受け入れられたのに
2度目は青天の霹靂で、自分では全く予想していなかった。
それでも結果オーライだったのだから、人生はわからない。
その度に出会う人が変わり、価値観が揺さぶられ
見える景色がごっそり入れ替わった。
だから息子を見ていると、当時の自分を思い出すことがある。
同時に、今の自分だからこそ見える景色もある。
「あの頃の私はこんなふうに考えていたな」「今ならこう考えるな」
そんなことを行ったり来たりしながら、息子の成長を眺めている。
人生のご褒美かもしれない
最近ふと思った。会社員を辞めてから今までの時間は
ある意味人生のご褒美なのかもしれないな、と。
仕事を辞めた結果として、中学生から高校生へと変化していく息子を間近で見ることができた。
毎日一緒にいるからこそ気づく小さな変化
言葉の変化
考え方の変化
親との距離感の変化
そういうものを見届けられたことは、思っていた以上に貴重な経験だったのかもしれない。
一番成長を感じた出来事
そんな中で、私が一番成長を感じた出来事がある。
それは部活の試合を観に行ってもいいと言ってくれたことだ。
中学生の頃は「観に来ないで!」の一択だった。
「観に来たら勝てない」とまで言われていた。
高校生になってからも最初は同じだった。
ところがある時、「えーーー」と返したら、
「来てもええで」
と言われたのである。
私は内心かなり驚いた。なぜって?
本当に来てほしくないなら、大会の日程なんてわざわざ教えないだろうと思うから。
「7月に大会あんねん」。そんな情報を自分から出しておいて
絶対来るなというのも不思議な話である。
もちろん、推し活みたいなうちわを作って応援しに行くのは全力で止められた。
「それはやめて!」と真顔で言われた。
そこにはしっかり境界線があるらしい。
でもそれでいい。
来るなと言われていた頃から比べたら、考えられないぐらい大きな変化だから。
家では見られない顔を見たい
実は私は昔から、人の「家では見られない顔」が大好物だ。
家族の前で見せる顔
友達といる時の顔
部活での顔
学校での顔
人は場所によって違う表情を見せる。
そのどれもが本当の姿だ。
だから試合を観に行きたい理由も
「頑張っている姿を見たい」というより
「家では見られない顔を見たい」なのかもしれない。
チームメイトとどんなふうに話しているのか。
先輩とどんな関係を築いているのか。
家の中では見えない一面を知りたい。そんな好奇心がある。
親だからといって、子どもを所有物だとは思っていない。
むしろ一人の人間として見ている。だからこそ興味深いのだ。
高校生という生き物は面白い
小中学時代には学校そのものの意味を真剣に問い
高校生になったら進学について「ああ、するんちゃう?」
と肩の力を抜いて答える。
親の前では見せない顔を、学校や部活では見せているかもしれない。
そんな変化を見ていると、本当に面白い。
親は子どもを育てているようでいて、実は観察し、学び、
自分自身も育て直されているのかもしれない。
だから今日も私は思う。高校生という生き物は
実に興味深い。
そして何より、その成長を間近で見られることは私にとって
思っていた以上に大きなご褒美なのだ!

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