自分のものの見方の棚卸し
自分のものの見方の棚卸しをしています。
これまで生きてきた中で
跡から振り返ればあれがターニング・ポイントだったのか
と気付くことがあります。
ターニング・ポイントではないけれど
それまでの自分の考え方に新しい視点を加えてくれた
何気ない一言というのも存在します。
人は日々3万5千回もの選択をして生きているといいます。
もちろんその全てを覚えているわけではありませんが…。
大小様々な決断の中で
- どう考えてその結論を下したのか
- その選択肢を取ったのか
振り返れるだけ
振り返ってみようと考えるに至りました。
10代で経験した3つのある決断
今思えば10代の頃に大きな決断を何度か経験しています。
10何年生きていると思考力は形成されてきており
自分がその時点で考えられる
最良の選択をしてきた(と思いたい笑)
と今ならば言えます。
10代で経験した3つの決断。それは…
- 中学3年生の時、父親の海外赴任が決まりついて行くことにした
- 中学を卒業した3月に海外へ行く予定だったが渡航時期が2ケ月ほど延びたため高校受験をした(ひと月ほどで退学しなければならないことはわかっていた)
- 現地での滞在期間は3年を下ることはないと言われていたが急遽2年で帰国することになり、高校の途中で帰国 → 編入試験を受けて一学年下げて高校2年生となった
それぞれについて補足説明すると
【一つ目】文字通りここまで成長してから海外へ行って生活できるだろうかという不安がなきにしもあらずでしたが、飛び込んでみることにしました。
【二つ目】高校受験というものをしてみたかった。経験しておきたかった。3月でなく5月に渡航が延びたのであればしたい!と親に直談判しました。ひと月ほどで退学しなければなりませんでしたが高校生活を送れたことは良い思い出となっています。
【三つ目】人生最大の決断をしたとその日は思いました。高校3年生の夏に帰国し編入試験を受けたところ高3でも高2でも受け入れは可能であること、大学受験を考えているのであれば高3に編入したら浪人を覚悟しなければならないこと、を編入試験を受けたその日に決断を迫られました。予備校に通ってひとりで受験勉強できる気がしなかったので高2のクラスに編入する決断をしました。17年しか生きていない人生で1年しかも不可抗力で学年を落とさなければならないことにモヤモヤは残りました。しかしながら、結果的に1年半を編入した高校で過ごし生涯を通して付き合っていける素晴らしい友人に巡り会いました!!人生は何が幸いするかわかりません。災いと思っていたことが幸いの元であることもあります。そして早生まれだったことにこのときほど感謝したことはありません!!
今ならば、「長い人生の1年ぐらいどうってことない!」と
言っていた大人たちの言い分も理解できますが
若輩者であった当時は人生の落伍者だと考えるぐらい
強烈な一撃をくらった気分でした。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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